「私はゴースト」死んだらどうなるか

 見ました。「I AM A GHOST」。「私はゴースト」。

最後のほうはネタバレしているので、お気をつけください。

私はゴースト(字幕版)

私はゴースト(字幕版)

  • H・P・メンドーサ
  • ホラー
  • ¥2000

いつも拝見しているレビューサイトさんで存在を知り、

日本で見られる日を楽しみにしていた作品でした。

BAD CATSさんという映画レーベルがitunesで配信してくださったお陰で見ることが出来ました!本当に感謝!

主人公はユウレイで、どうしてユウレイになってしまったのか、それが明かされた時何かが起きるという所まではあらすじで明かされているものの、とにかく同じことを繰り返す「ユウレイの日常」は、思っていたより怖くて、滑稽で、悲しかった。

長い黒髪に全身真っ白でロングスカート。

演じているのも「アンナ・イシダ」さん。

Jホラー的なユウレイ姿ながらも、ゴシックな洋館に違和感なく溶け込んでいるように見えますが、外国の方にはどう映るのでしょうか。

 

映画のスタートは静かで長くて、「始まってるよね?」と一瞬考えてしまうほどの間があり。空気の動きを感じさせない無機質な室内に、じわじわと「彼女」の存在を感じさせる演出。エミリーが画面に登場してからも、「空気のなさ」のような異様な空気は相変わらずで、寸分たがわず繰り返される彼女だけの時間。

いわゆる無限ループに感じる絶望感のようなものではなく、「いろいろなことをしているのに、ひたすらに『無』」といった雰囲気が「やばい」と感じさせられて、まずそこがすごく新鮮で怖かった。

彼女が生きてた頃にした「ある体験」から、死んでから結構経っているのかなーと思うんだけど(そもそもこれが現代劇なのかも不明だけど…)、それからずっとこうしていたのかと思うと本当にやばい。私死んでからこうなるの絶対やだ。

 

ユウレイのエミリーから生きている人間は見えなくて、ある時突然家の中に声だけが響き、エミリーはそれにめっちゃビビったり、自分がユウレイだと認識したらしたで開き直って「たかがオバケにそんなこと聞かれたってわかるかー!」と逆ギレしたり、すごく人間ぽいのが、これもまた、怖くて、滑稽で、悲しい。

「オバケは光に包まれて成仏するって本で読んだことあるけどほんとなの?」って思ったり、「光ってどれのことよーー!」ってパニクったり、こんなユウレイ見たことがない。

けど、もし自分がユウレイになってエミリーと同じ立場になったら、同じこと言いそうって思って笑っちゃうw

普通の女の子ならぬ、普通のユウレイなエミリーちゃん。かわいそうな子だった。

 

さて、ネタバレをしますが、ここからが私がこの映画を好きな理由のお話です。

ラストになって、エミリーがどうして死んだのか明かされます。

ぬるっと現れる「アイツ」の登場の仕方も私は大好きで、思いっきり異質なくせに、何普通に階段降りてきてんの?っていう感じがね、大好きで。

そいつの登場でエミリーは最後の「因果を解く」を達成するわけなんだけど、霊能者が言っていたように、光に包まれて天に昇っていくわけではなく、すごく怖くてすごく痛い思いを何度も何度もさせられて、あたりはどんどん「無」に侵食されていく。

霊能者は「死者よ去れ!」しか言わず、エミリーの助けや問いかけは届かない。

闇に飲まれながら、子供のように身を縮めてエミリーが最後に言う「大丈夫、私はきっと成仏できる」といったセリフの静かさが、それまでのパニック状態とのコントラストでやけに絶望的に聞こえる。

成仏なんて程遠いような状況で映画は終わり、エミリーとアイツがその後どうなったか知ることはできない。

けど、最後のアイツはやけに怯えて人の姿に戻っていたし、結局アイツはアイツで「宿主のエミリーが死んだら全部終わりだった」ってことに気がついて「因果」を解いたのではないかなーと思っている。

ただ、「成仏」というものが、「光に包まれて天国へゆく」なんて暖かいものではなかった、という解釈を私はしています。

というのも、そもそも私は、死んだらそこで真っ暗真っ黒の「無」ならいいなと思っていて。

「光に包まれて」といったような暖かい世界は、亡くなった方がそのあと辛い思いをしなくてもいいようにという見送る側の優しい願いであって、それはとても尊くて大切にしていかなくてはいけない気持ちなんだけど、送られる方の現実はそうじゃないかもね?っていう後味の悪さというか、容赦のなさというか、そうゆうのもいいなと思っています。

だから、エミリーも、アイツもハッピーエンドという映画だと、私は思っています。

 

最近あまり「これはー!!」という新しい刺激がなかったので、すごく楽しみました。